ありのままの田舎暮らし
第6話 妖怪で村おこしを の巻
それはある寝苦しい真夏の夜の出来事でした。
草木も眠る丑三時、私たちはこの世のものとは思われぬ、今まで聞いたことも無い、そうまさに地獄からの死者の悲鳴ともいうべきおどろおどろしい声を聞いて寝床から飛び起きたのです。
「なんじゃあ、ゾンビの襲来かあ?!」と窓の外を見ると、山の中は静かな月夜の晩。しかし、そこに「ヒィィィィーーーーーッ」と断末魔の悲鳴が山に木霊します。
「いったいあの声はなんだろう?」私たち夫婦は顔を見合わせました。例えて言うなら(例えは悪いのですが)、誰かを(せっかくですので極悪人、裏金作りに奔走する検察官様・警察官様とか天下りの渡りを繰り返し私腹を肥やす元官僚様とか玉虫色の僧衣をひけらかして法外な拝み料を請求するお坊様など)(まじめな検察官様・警察官様、しっかり働くお役人様、良心的な拝み料を請求するお坊様ではありません、念のため)の首を「天誅じゃあ」といって絞めたとします。「もう死んだだろう」と手を緩めると、死んだはずの極悪人の肺に溜まっていた息が手を緩めるのにあわせ出てきて、気管を通る際にのどをふるわせます。「ヒィィィィーーーー」死体があげる悲鳴にのけぞります。といった感じです。
「なんだろう? なんと不気味な!」といったところで答えの分かるわけがありません。何かが襲ってくる気配もないので、私たちは恐怖に怯えながらも「とりあえず寝よう」とまた寝ました。
翌日、早速私は組内の方に聞きました。
「昨晩、地獄の底から湧き上がる悲鳴を聞いたんですが、あれはなんですか」
「あんた、あれを聞いたのけ。聞いてしまったのけ」
「聞いてしまったんです」
「それはピンカン鳥じゃ。夜中、山の中を歩いている時にピンカン鳥が鳴き出すと、あの声がどこまでもついてきてそれは恐ろしいだ」
私はこちらに来るまで鳥の鳴き声といえば、ピーチクパーチクとかカーカーというもので、多少芸のある鳥で、ホーホケキョ、カッコーくらいなものだと思っていました。あの地獄の叫喚が鳥の声だとは。自分の貧弱な先入観、固定観念を根底から覆された思いでした。
しかし鳥だとはいうものの、本当に鳥があんな地獄からの悲鳴をあげるのだろうか? 納得のいかない私は鳥に詳しい知人に聞いてみました。「真夏の夜、地獄の底から湧き出たようなオドロオドロシイ悲鳴を聞いたんだけど、地元ではピンカン鳥とよばれているんだけど、あれはなんだろう?」友人は答えました。
「それは妖怪ヌエである」
なんと明快な一発回答。「妖怪だったんだ。道理で!」私は100%納得しました。この米俵2俵を背負ったように重く圧し掛かっていた疑問が氷解した時の爽快感は例え様がありません。丹田に何かがストーンと落っこちた感覚です。腑に落ちるというやつでしょう。「妖怪だったんだあ」と思わず雄叫びガッツポーズです。
正式名称はオニツグミ(※)、自然環境豊かなところにしか生息しない鳥でした。
しかし、私にとっては鳥ではなくそれは100%妖怪です。妖怪が私の借りている敷地内に住んでいるとは。都市部にいた時、移住したあかつきにはあれもやろう、これもやろうと夢を膨らませ心の中に理想的な生活を思い描いていましたが、まさか妖怪と出会う(声を聞いただけですが)とは思いもしませんでした。想定外の大きな収穫に私は興奮しました。
ところでゲゲゲの鬼太郎の作者、水木しげる氏の出身地では妖怪で町おこしをやっていると聞いたことがあります。鬼太郎やネズミ男をはじめとした妖怪たちの彫像を町のあちこちにたてて観光客の誘致を図っているそうです。
しかし、どうでしょう。ここにはヌエしかいませんがホンモノの妖怪なのです。こちらの方が魅力的ではありませんか?
「妖怪ヌエとすごす旅。ヌエの鳴く夜は恐ろしやあ」
テント一張り一晩500円。現地集合現地解散。キャンプ用品持参、自炊。
とやれば大勢の申し込みがあるのではないでしょうか。キャンプなので旅館、民宿業の許可も不要ですし、送り迎えもなければこちらの手間もかかりません。我が家もパン屋をやっていますので、パン、コーヒーなど売ればひと夏でかなりの売り上げになるはずです。ありがたやヌエ様。
田舎は仕事が無い、就職できない、お金が稼げない、みんなそう言います。でもその一方で田舎はとっても良い所、ということは魅力溢れるところということで、その魅力をビジネスにつなげる知恵と実行力があればおそらくいくらでもビジネスは成立するのではないでしょうか。
ヌエ様の悲鳴は個体差が激しく、芸術的に不気味に鳴くものがいる一方、7〜8割方はおどろおどろしさに不満が残ります。そうした個体(たぶん若鶏)が鳴くたび私は夜の山に叫びます。「修行がたんねえぞー!! もっとがんばれえ〜」
(※)別名トラツグミか
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