ありのままの田舎暮らし
第7話 草刈でメタボ解消の巻
9月7日(日)は区民総出の草刈でした。毎年2回、7月・9月の日曜に設定され、区内の国道、及び主だった町道の雑草を刈り取ります。草刈自体は午前中3時間ほどで終わり、昼からはバーベキュー、夕方まで宴会が続きます。今回はこの草刈を報告します。
集合は公民館に7時半。私はいつものように少し早めに行って執行部のテーブルに出向き、そこで「本日の出席者リスト」を横目で確認し、どこの組(地区)になんという人がいるのか、かたっぱしから名前を暗記していきます。区の住民となって早5年、かなりの人の名前は覚えたのですが、まだ顔と名前、苗字と名前の一致しない人はいます。
参加者がぞろぞろと集まりだすと、今度はみんなの会話に集中し、誰をなんと呼んでいるかを聞き取り呼び名と名前を頭の中で照合します。
例えば「やっちゃん」と呼ばれている人は「康夫さん」なのか、「靖彦さん」なのか、それとも「保弘さん」なのか。「たもつさん」はA組の「鈴木たもつさん」なのか、それともB組の「佐藤たもつさん」なのか。
8時になると区長の挨拶や執行部からの注意などがあっていよいよ草刈の開始です。2〜3の組ごとにグループを作り指定された区域を刈り取っていきます。
草刈についてはじめの頃は不安がありました。当然のことながら刈り払い機の扱いはまったく不慣れでしかも雑草をどれくらい、どこまで刈ればいいのかよくわかりません。地元の方々のように上手に刈ることなどできるわけもなく、足手まといになるだけではないか、かえって迷惑なだけではないか、そうした気持ちを心の中に持っていました。
しかし心配はまったく無用でした。私のような初心者の参加に人々は限りなく寛容です。みんな私のまわりになにげなく寄ってきて傾斜の強い場所、縁石付近、潅木の混じる場所など面倒で難しいところをやってくれますし、またごくわずかですが、中には「この人、へたくそだ」と実感させられる人もいて、「それほど気を遣うこともないな」と自信を持つことができます。
午後からは宴会です。公民館前の広場に即席の会場を設営します。30センチ程に輪切りにしたドラム缶に熾した炭を入れ、1メートル四方の鉄板を載せればバーべキューテーブルの出来上がり。4つほどテーブルをつくり、その周りに折りたたみイスを並べれば宴会会場の完成です。
アルコールや食材の用意を含め宴会の準備は執行部の方々がやってくれますので、草刈が終わってみんな集まりだす頃には準備ばんたん、区長の挨拶も待ちきれずみんなビールを飲み始めます。
気心の知れた人達の輪に一人異端児が入り込む気まずさなんて当初からまったくありませんでした。私が行けば必ず「ここ、ここ座りなよ」といった声がかかります。またどのテーブルもアルコールが入る前から笑い声で満たされ盛り上がっている状況ですので、私もなんのためらいもなく自然にみんなの笑いの輪の中に入っていくことができるのです。
はじめの頃は、あちこちのテーブルから「北村さあん!」とか「北ちゃああん!」とお呼びがかかり、私は「ちょっと待って、今行きます!」と大声でいいながら、その場で話をしている人達に失礼にならないようタイミングを計りながら、お酒を持ってお呼びのかかったテーブルに走るということがよくありました。最近はさすがに少なくなってきましたけど。
今回はふゆちゃんが「これ、北村さんのだよ」といってイカを焼いてくれました。実は私は肉類が苦手でバーベキューといってもほとんど食べるものがありません。それを知っているふゆちゃんがわざわざ家に戻って私のためにイカを持ってきてくれたのです。
美味しそうに焼けているイカを見つけた隣のテーブルのふじおさんが「あっ、イカがある!」と箸を伸ばすと、みんな同時に「おめーんじゃねえ」「くっちゃあかん」と叫び、ふじおさんの驚く様子に大爆笑。
隣のテーブルに男たちが集まりだしました。まさおさんが草刈の合間に地バチの巣を掘ってきたといって持ってきてくれたのです。
「地バチ食べたこと無いでしょ。食べてきな」と周囲に促された私は、食べる勇気はないものの見てみたい誘惑にかられ、テーブルを取り囲んでいる人達の後ろから恐る恐る首をのばしました。
土色の20センチほどの円形の巣にびっしりと薄黄色の幼虫の詰まっているのが見えたと思った瞬間、神業の様な速さでテーブルからにょきっと手が伸びて「ほれ、北村さん!」。あっと思った時にはすでに遅く、私の手のひらにはつやつやプリプリ、なんともなまめかしい「幼虫」が乗っかっていたのです。
私の身体は生の動物性たんぱくをまったく受け付けません。どんなにお金を積まれても刺身だけは食べられません。お寿司といえば卵焼きとかっぱ巻きと蒸エビです。私はそういう体質の人間です。心の中では「昆虫といっても生ものは食べられない」と叫んでいたのですが、いかんせん貴重なものですし、みんな喜んで食べていますし、まさおさんが蜂に刺され顔面腫らして取ってきたものですし、みんな好意で私に勧めてくれているのですから私一人食べられないとはいえません。
意を決し勢いをつけて、えーィ、ままよ! と口に放り込むと、哀れ蜂の子はぶちゅっとつぶれて、濃厚な生クリームの感触が口内に広がりました。その時です。区長が寄って来て言いました。
「それ、食べると下痢するよ」
「おそい! おそいんです、区長! もう食べちゃったんだから。そういうことは食べる前に言わないと!」
区長が教えてくれたことは半分当たっていて、半分は当たっていませんでした。下痢をするというのは正解、はずれていたのはその程度。下痢なんてなまやさしいものではありませんでした。完全な食中毒です、食中毒。
強力な毒素の侵入を感知した私の身体は、意思とは無関係に緊急事態発生とばかりに自己防衛機能をフル活動、全身の細胞から水分という水分を搾り出して胃腸の大洗浄を開始したのです。
翌日は丸一日高熱を発し悪寒にガタガタと震えながら巣の中にずっぽり埋まる蜂の子のように布団に包まりました。2日めにようやく熱が下がり蜂の子状態を脱出、殺虫剤をかけられよたよたと巣から出てくる蜂のように布団から這い出ることができましたが、もうぐったりよれよれげっそりです。おかげでほんの少しですがメタボ改善です。
地元の方々に受け入れてもらえるか、地域に溶け込めるかは移住する前の大きな心配事の一つでした。
しかし、実際に移ってみると地域の方々と交流する幾つもの機会が用意されていて、こちらがこの地区の住民になりたいと願い受け入れてもらえるよう努力すれば、地元の方々と良好な関係を築くことは決して難しいことではないと思うようになりました。
そうした機会とは住民総出のイベントで草刈以外にも区の総会、収穫祭、盆踊りなどがあります。
田舎の人達は閉鎖的だ、この指摘を耳にすることが多々ありますが、私はそれは偏見であると確信しています。
塀や壁を立ててよそ者の侵入を防ぐというのなら、例えば都会人は家の周りに塀を立て、田舎人は集落の周りに塀を立てるといった違いではないでしょうか。集落の周りの弊は一見高く、大きく映るのです。しかし本当は都会の人達の方が狭いエリアを壁に囲う分、より立ち入りがたく閉鎖的であるのです。
移住に対する不安は移住する側にも、そして受け入れる地元にもあります。トラブルメーカーが移り住み地域の良好な人間関係にひびを入れる可能性もあるのです。受け入れる側がそうしたリスクを負っている点を、私達移住者は理解する必要があります。
長年培われてきたその土地のルールを尊重し、地域社会を乱さない心構えを持つこと、自分自身を殻に閉じ込めずオープンにすること、そうした最低限の礼儀を守れば過度な心配は不要です。今はそう感じています。
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