ありのままの田舎暮らし
第11話 「私が証明なの」の巻
--軟弱人間の生活設計−
「もう都会暮らしはうんざりだ。もっと人間らしい生活をするんだ!」とIターンを決心した際、具体的な行動の第一歩は住居探しですが、実はその前段階があります。
言うまでもなく移住後の生活設計です。
これは田舎暮らしを希望する人、一人ひとりその背景が違いますので、一概にどうこうはいえません。十分な蓄財があれば高い土地でも買って豪邸建ててのんきに生きてください、なんにも問題はありません、私のコメントもありません。しかし、蓄えが無い場合は移住後に収入を得る方策を立てなくてはならず、これが田舎暮らしの大きな障壁になります。
私たちの場合は当然後者、なんとか現金収入の手立てを考えなくてはなりませんでした。
ところが、田舎暮らしの経験はありませんし、移住先すら決まっていない状況ですので、頭の中でいくら生活設計といってお金を稼ぐ構想をねったところで所詮言葉のからまわり、空虚ここに極まれりの状態です。
「大丈夫なのか?本当にそれでやっていけるのか?」と問われても自分自身からして自信がないのですから返事のしようがありません。
「どうでしょうねえ、やってみるしかありませんよね」となにやら他人事のような返事をします。そこで必然的に起こるのが親、兄弟、親戚一同、友人、知人、赤の他人、要するに身の回りのすべての人からの非難ごうごうの大バッシングです。
「おまえそんな甘い考えでめし食っていけると思っているのかああ!! このバカタレがああ!!」
いったいどれくらいボロクソ言われたことでしょう。どれだけ非難の集中攻撃を受けたことでしょう。本当にひどいもんです。
この中で特に印象的だったのがこちらに来る直前、バイト先で一緒になった地方出身の人でした。田舎暮らしをするといえば必ず反対されますので私は極力人に言わないようにしていたのですが、職場の知り合いが口をすべらせバイト連中に言ってしまったのです。
生活が成立たず都市に出稼ぎに来ていた彼は私を質問攻めにした挙句、「田舎暮らしはそんな甘いもんじゃねえ、生活していけるわけねえ」と顔を真っ赤にして怒り出しました。生活苦に苛まれた過去があって、鬱積した苦しみが爆発して抑えられなくなってしまったのでしょう。
しかし、私は思うのです。地方での生活が苦しいこと自体が本来間違っているのではないかと(この点はいずれ書きます)。
ある種の特権階級や事業に成功したとか先祖代々のお金持ち、あるいは特別な能力を持つ者だけが快適な田舎暮らしができるということがあってはならない、誰だって山村地に居を構えて豊かな自然環境の恩恵を享受していいはずではありませんか。
都市部に住む人達にとって田舎暮らしのイメージは2つの類型に集約されるのではないでしょうか。
1つは「人生の楽園」型。有名大企業や役場を勤め上げた、あるいは仕事に成功を納めて、人生の後半を自然環境豊かな農村部で悠々自適に過ごそうというパターン。
もう1つは言うまでもなく「銭金」型で、金はないけど体力、気力は人一倍。自給自足こそ田舎暮らしの真髄として、スーパーマンなみに広大な農地を耕し、ついでに自分の家もセルフビルドして、「これくらい朝飯前」と豪語してしまうパターンです。
私はこの2つのステレオタイプを否定するつもりは毛頭ないのですが、もう一つパターンがあっていいと思うのです。体力、根性人並み以下、おまけに財力も無いといった者の田舎暮らしです。
野菜をつくるぞ! と頑張ってみてもできるのはせいぜい家庭菜園どまり、のこぎりかなづち持ったことも無く、犬小屋つくりの構想だけでも1日かかってしまう。おまけに肝心のお金もたいして持ってない。
こういった、取り立てて優れた能力や才能を持たない人並み以下の人間でも自然環境豊かな山村で人間らしい生活が出来る、その点がもっと強調されていいように思うのです。
私が目指したのは(といえば聞こえはいいのですが、実際はこれ以外の選択肢はありません)軟弱人間の田舎暮らしです。
お金持ち、あるいは疲れることを知らない屈強な人達が田舎暮らしに成功したって共感は得られない、それが当たり前でしょう。そうではない、ごく普通の人間でも田舎暮らしは出来る、私はそうした例になりたかったのです。
特別な能力を持たない人間の田舎暮らしを身をもって示し、そして田舎暮らしは誰だって出来るんだ、だからもっとみんな都会なんかにしがみついていないで田舎においでよ! と言いたいのです。
--とにかく働かないと!ー
ということで、今回は恥ずかしながら無能人を自認する我が家の経済状況の紹介です。
まず、移住に掛かった費用の概算です。
当初の借家は家賃月額32,000円。礼金10万円でした。こちらで購入した高額のものというと中古の軽自動車50万円とやはり中古の冷蔵庫と洗濯機で10万円くらい。草刈機など小額の出費はありますが大きな買い物はありません。家財道具は今まで使っていたものを基本的に持ってきています。
これに引越し代金が加わりますが、合計でも100万はいっていないでしょう。
移住先を探す際は青春18切符を買って早朝東京を出ました。福島県の白河や郡山に着くと駅のレンタカーを借り、各市町村の空家を見て回りました。夜はホテルには泊まらず深夜に東京に戻ります。体力的にはきついのですがこれが一番安上がりでした。
移住して8年目の現在の収入源は2つです。
こちらに来てまず始めたのがパン屋です。妻は朝はパン食を望みましたが近くにパン屋さんはなく、しかたなく自分で焼き始めたのですが、これがやみつきになってパン屋をやりたいと言い出しました。このパン屋を始めるいきさつや今に至る経緯はまた別の機会に詳しくご報告します。
パン屋をやるにあたっては、縫製工場だった建物を倉庫として購入していましたので、大工さんに保健所から製造の認可を頂けるよう工場内の食堂部分を改修してもらい、一番小さな業務用ガスオーブン、小型のミキサーやホイロ(発酵器)などを備えました。
元縫製工場は85坪の軽量鉄骨プレハブ、築約30年、これを120万円で手に入れました。これに各種税金、登記代、パン工房の改修を含めた倉庫補修代などが合計で100万円強。棚も用意しましたので倉庫にはあわせて約230万かかっています。
地代は別に年8万円かかります。固定資産税が3万弱ですので、固定費は年12万弱ということです。
この元縫製工場、初めは賃貸にして欲しいと申し出たのですが、先方の売却したい旨の意向が強くこちらが折れる形で購入になりました。しかし、自分のものであれば好きかってに利用できますので、買ってよかったと思っています。
パン屋を始めるに要したものは設備としてオーブンが約25万、ミキサー約20万、ホイロ約15万が大きなところ、その他備品類は購入したのは必要最低限で、既に持っているものを流用したり、またもらったりしました。
たまたま役場に行った時のことです。役場の新、改築が終わって引越しの最中でした。その時、妻が目ざとく職員の方が流し台を運んでいるのを発見したのです。すかさず「これどうするんですか?」と聞けば「破棄します」との返事。間髪いれずに「私にください!」といってタダでもらいました。
この他、テーブルやイスなどは倉庫に置いてあったものを洗って、また一部はペンキを塗って使っています。
--田舎のメリットを活かすー
収入源の2つめは作業所です。前述の85坪の倉庫と新たに建てた28坪のプレハブを利用して、各種商品の保管、発送、それに伴う作業を請け負っています。
サラリーマンをやっていた時、困ったことの一つに信頼のおける倉庫業者を探すということがありました。地代、建物の賃料の高い都市部に広いスペースを必要とする物流の拠点を置くことは得策ではありません。しかし、商品、製品の保管、発送、それに伴う作業を適切な価格でしかも間違いなくやってくれる業者を探すことは至難の業でした。
そうした経験から安価な物件を手に入れることさえ出来れば、後は努力次第で物流関連の仕事を受注し生計を立てることができるだろう、そう思っていたのです。
始めてみれば、予想以上に仕事の話は舞い込んできました。営業を一切しなくても友人、知人の伝手で問合せが入ってくるのです。
こうした仕事はけっこう煩雑で時間がとられるわりには単純作業とみられますので、高収入を期待することができません。朝から晩まで休み無く働いてなんぼの世界ですので、やはり引き受け手が少ないのでしょう。
当初はパン屋を始めていましたので、契約は1件のみにしました。その後、パンの経営が軌道に乗るにあわせ、契約を3件まで増やしました。
3年前、3件目の契約をするにあたって新しい倉庫(28坪)を建てました。このプレハブには、古い物置小屋の撤去、整地、寒冷地仕様の土台を含めて約400万円かかりました。
400万円といえばまとまった金額で、出費としては大きなものでしたが、もし同じような28坪の物件を街中で借りるとしたら安くても月7〜8万くらいの賃料はかかるでしょう。仮に月8万とすれば年100万かかるということです。
ここは地代がタダ。建物に多少の出費があっても4〜5年事業を継続すれば採算が取れると思って新築の決断をしたのです。
なお、5年前に現在の借家に移った際、パン工房改築分を合わせた家の補修に300万強かかりました。この時の支出によって北村家の蓄財は完全に底をつき、政府が言う無貯蓄家庭へと転落しました。
新しい倉庫を建てようとした3年前は、2件目の契約が入って生活に余裕が生まれるようになってはいましたが、まだ貯蓄といえるほどではなく家中のお金をかき集めても400万には程遠い状況でした。
なんとかお金が借りられれば、その借金は契約した3件目からの収入を充てて返すことができるのですが、お金を借りるといっても銀行が貸してくれるわけがありませんし、またサラ金には手を出したくありません。
困った私は最後の手段に打って出ることにしました。それは建築業者さんへの直談判です。すべて正直に話して依頼してみたのです。
「400万もっていません。でも必ず絶対に返しますので先に建ててください。私を信じてください。お願いします」
この時、この業者さん「仕入れ(プレハブ本体280万)に掛かる費用を頭金でもらえれば、残り工事にかかる費用(120万)はいつでもいい」と言ってくれたのです。
目の前が明るくなるということはこういうことだと実感しました。280万はわずかにたまった貯蓄を出して、不足する部分は50歳を過ぎた大人としては大変恥ずかしいのですが年金暮らしの親のすねを削りました。しかたない。
業者さんには5万、10万単位で返済し、1年かからずに返し終えました。北村、やるときはやるのです。
こうしてみると、移住そのものには多額の出費は掛かっていません。土地や建物を購入したり、高価なクルマを買うのでなければ、それほどかかりはしないのです。借家を借りることができれば、都市部にいるより居住にかかる費用が少なくなるのは間違いないのですから。
私達の場合、出費の大部分は仕事をスタートさせるためのものでしたが、その支出は可能な限り低く抑えたつもりです。例えば、パン屋にしても店舗を構えるとなれば、店舗代、内装工事にショーケースをはじめとした設備・備品類、そして人件費に多額の費用がかかりますので、店舗を持つことは初めから考慮していませんでした。
卸しのみであれば製造に必要な設備だけですので、初期投資も少なくてすみますし、人を雇う必要もありません。その後のリスクも軽減できるのです。
以上、移住し仕事を始めてからの8年間の主な支出についてご紹介しました。
トータルで1000万近くになっていると思うのですが、移住前にその全額を準備していたわけではありません。移ったその年からパン屋と作業所をはじめていますので、こちらに来てからの収入で賄った部分がほとんどです。
移住と仕事を始めるための初期投資については、私達はその価値は十分あったと判断しています。なにより、仕事を得ることによって生活が安定しましたし、それは単に生活にとどまらず精神的な面でも私たちに大きな安定を与えてくれています。
特に自営業というのは定年がありませんので、元気であれば70でも80でも働くことができます。また、職場の複雑な人間関係に悩まされることもありません。
私は個人的には、田舎のメリット(私の場合は土地も建物も安いという点、この他にも多くのメリットがあると思ってます)、その利点を活かしてビジネスを始めるべきだ、そう思っています。
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