ありのままの田舎暮らし
第16話 いなかでパン屋になりましたの巻
パンが食べられない
山に移り住んで間もなく、パンを入手するのが困難なことに気付きました。
朝食にどうしてもパンが食べたくて、しばしば夫に頼み車で20分かけて村の中心部まで降りて買ってもらったのですが、やはり毎日というわけにはいきません。欲しいモノがすぐ手に入る都会とは違います。
"よしそれなら、自分で作るっきゃない!"
それまでパンを焼いた経験はなかったのですが、「おいしい天然酵母パンの焼き方」といった本を何冊か購入し、本を見ながら見よう見まねで作ってみるとそれなりに焼き上がり、焼きたての香ばしさとパン作りの楽しさにすっかりはまってしまいました。
市販されている天然酵母(ホシノ酵母)を入手し、本に紹介されているパンを次から次へと焼いて、特にきれいに焼けたパンはご近所さんにも配るようになりました。
その際お世辞にも「まあお上手ねぇ」と褒めて下さると、その気になって「パン屋になれるんじゃないか」と思うようになります。
パン焼きを始めて3ヶ月ほどたった頃でしょうか、たまたま元縫製工場の物件を購入することになりました。この工場の食堂部分を改築すればパン屋として製造の認可がとれるかもしれません。
販売先も確保しておかなければなりませんので、事前に隣村の農産物直売所に電話をかけて販売が可能かどうか尋ねてみるとOKの返事、「すぐに持ってきてください」と言われ二人で大慌てしました。
大急ぎで食品衛生法の資料を取り寄せ、保健福祉事務所からパン製造の認可をいただくための最低限の知識を頭に叩き込みました。
その後管轄の保健福祉事務所に連絡をし、工房の見取り図、改築の詳細、揃える機材や備品などの案を示しながら具体的な指導を仰ぎました。
改築が終わり、機器や備品を取り揃えて無事製造の認可をいただき、晴れてパン屋開業の運びとなりました。
通常の厨房機器は電圧200Ⅴ対応なので、工房で使える電圧100Ⅴの対応機器はわずかしかありません。オーブンもミキサーも発酵器も業務用としては小さいものしか揃えることは出来なかったのですが、とにもかくにもパン屋とあいなったわけです。
当初、農産物直売所には週1回ほんの少し置いてもらえれば...、くらいに考えていたのですが、開始直後から即完売。「毎日持ってきて」ということになり、気がつけば朝から晩までフル操業状態。オーブンは小さくて間に合わなくなり、後にもう1台購入しました。
直売所は年末年始以外営業のため定休日もなく、連休は納品係の夫が車で往復1時間のところ2往復するという忙しさでした。
ずっと立ちっぱなしの作業で足が棒のようになり、ひどく痛みましたが嘆く暇もなく、それもいつの間にか慣れるようになりました。とにかくパンを焼くことに一心不乱で疲れは感じませんでした。
2年後現在の家に移ることになりましたので、こちらでは台所だった12畳ほどの部屋を改築して、改めて保健福祉事務所から認可をいただきました。
こちらでは山の湧き水を使いますので、塩素を加えるポンプを付けて水質検査をパスする必要がありました。
くしゃみ、鼻水がとまらない
現在の那倉に移転して間もなく原因不明のくしゃみと鼻水に悩まされるようになりました。
くしゃみ、鼻水が止まらず、手元に集中できません。医者で診てもらったら食物アレルギーと診断されました。
食生活は変えていませんし、体調は東京にいた時より良くなる事はあっても悪くなることはないはずで、おかしいと思っていたら、知人が「パン屋さんには粉が原因でアレルギーになる人がいる」と教えてくれました。
次の日からマスクをして作業したところ、呆気に取られるほど症状がピタリと治まりました。
ホコリなどの粉塵でも同じ症状が出るので「コップの水が溢れ出る」ように身体の許容量を越えてしまったということのようです。以来、掃除のときもマスクを手放せません。
ちょっと無謀だったかも...
朝4時起床、車で15分の工房へ暗い山道を急ぎ、前夜から発酵させてあるパン生地を確認します。この時点ですでに過発酵になり使えなくなっている生地もよくありました。
パンは温度や湿度、生地に含まれる水温、水分量、糖分塩分、粉の配合などによって発酵時間が大きく異なりますが、そういった基本的なことも知らず随分失敗したものでした。
イーストパンから始めればいいのに、いきなり本を頼りに自家製酵母に挑んでしまったものですから、経験不足、知識不足で泣いたのは数知れません。過発酵やら未発酵やらのため酸っぱかったり硬かったり膨らまなかったり...、散々でした。
試行錯誤しながら何とか形になったものだけ店に出す、1年間はそんな行き当たりばったりの綱渡りのようなパン屋でした。今考えても滅茶苦茶、お恥ずかしい限りです。
そんな私のパンを多くの方々が温かく見守り応援してくださいました。本当に多くの方の支援のおかげで今があると思っています。
道の駅・農産物直売所の可能性
現在、塙町の「道の駅」に卸させていただいていますが、道の駅や直売所には大きな可能性があると思います。
地元の人なら誰でも農作物や加工品を出せるというシステムは生産者にとってまたとないチャンスであり強い味方です。
通常のルートには乗らない曲がったキュウリや二股のニンジン、キズがあるリンゴなど、規格外品もすべて生産者が自由に価格を付けて出品できます。
酸っぱくて硬い、作り始めたばかりのころの私のパンも、こんな自由な直売所という場所があったから販売を続けてこられたのだと思います。
最近は自作の焼き菓子を出す人もどんどん増えています。
自宅に工房を持たなくても、利用料を払えば「道の駅」の中にある加工所を利用して好きな物を作り販売できます。
地元の野菜や果物、米粉を使った焼き菓子など、大手メーカーにはない手作りならではのぬくもり溢れる品々が並び、来店者も増えていますし、生産者も消費者も、地産地消の意識がどんどん高まっています。
昨年の原油高の時や現在の不況下でも売り上げは伸びて繁盛しているようです。
不況で仕事を失った若い方々に、県の就農支援事業などで農業を学んでもらい、これらの施設を積極的に利用することで生活基盤を作り、定住していただきたい。
地域の過疎化、自給率低下の歯止めにもなりますし、何より日雇い派遣などの不安定な生活から開放されるのではないでしょうか。
澄んだ空気と水、豊かな自然の中で生き生きと暮らすことを考えてみませんか。
以上、和田
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妻がパン屋をやりたいと言った時、店舗を持ったり、あるいは人を雇うといったことはまったく考えませんでした。
とにかく初期投資を出来るだけ少なくすること、万一、経営が成り立たなくなったとしても最小限の痛手で済むことを念頭におきました。
たまたま元縫製工場だった物件を手に入れていて、その食堂部分を改築し、最低限の機材を揃えるだけであれば大きな出費にはなりませんので「やるだけやってみよう」と了承したのです。
その後細々とではありますがパン焼きを続けることができています。
移住した直後はわからなかったのですが、しばらくして田舎にIターンした方がパン屋を始める割合がけっこう高いことを知りました。
妻がご説明しましたように、山間部ではパンを手に入れるのが困難ですし少し勉強すれば手軽にできそうですので自分で始める方も多いのでしょう。
ただ、そうしたIターン組のパン屋さんが成功する例はそう多くないと聞いたことがあります。
まず、お米の美味しいところ、お米を作っているところでは三食ご飯が当たり前で、パンを食事としてとる習慣がありません。
パンといえばアンパンやジャムパンでそれはパンというよりお菓子であって、おやつとして食事の合間に食べるものです。こうした菓子パンは大手メーカーが安価に大量に生産していますので、有名大手メーカーと張り合っても太刀打ちできるわけがありません。
大手メーカーと競合しない方策は、天然酵母で発酵させた本格的なパンを一つ一つ手作りしていくしかありませんが、これは手間がかかりすぎ、かといって高い値段では売れませんし、大量生産もできませんのでこちらの方も初期投資をしすぎると経営を維持していくことが難しくなります。
私達が現在もパン屋を続けることができているのは、偶然いくつもの幸運が重なったためと思っています。
ただ、こうしてなんとか軌道に乗せることができればそれは貴重な財産となります。
今後妻は地道にパン屋を続ければなんとか食べていくことくらいはできるでしょう。現在の日本の社会にあっては重要な保障であるように思います。
以上、北村
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