ありのままの田舎暮らし

2009.03.18

第18話「おくりびと、やりました」の巻

里山の味 天然工房

 田舎暮らしを始める際、「組」に入るか入らないかはその後の生活に大きな影響を及ぼす重要な選択になります。少し大げさですが土地の者として生きていくか、あるいは都会の孤独な生活を続けるかの分かれ道ともいえるでしょう。

 以前にも少し触れましたが、田舎には「組」という近隣の家々からなる小さな組織があって、地域のお祭りや草刈などの行事を共同で行っています。
 この組に入れば(入れていただければ)自然に地域に溶け込んでいくことができますし、何より組内の方々がみんなで移住者の面倒をみてくれますので、何か困ったことがあったり、トラブルが発生したりした際も組内みんなが助けてくれること間違いありません。


 その一方で、それなりの役割も負わなければなりません。
 それを負担と感じるかどうかが「組」に入るかどうかの別れ目で、移住後の生活スタイルの大きな分岐点となるのです。

 なお、この「組」ですが、移住者が望めば入れてくれるというものでもありません。組の方にも組の事情があります。移住する前に組の方々に挨拶し、組の決まりごとや主な行事、やらなくてはならない役割や作業などを確認しておくといいでしょう。

私たち夫婦は組に入れていただきました。その後6年が過ぎましたが、私たちは組に入ってよかったと心から思っています。入ってこそ本当の田舎暮らしができるからです。
 ちなみに私の組は私たちを含めて17軒、組としては大きいので1組、2組と2つのグループに分けてはいますが、集合する際1組、2組の分けはほとんどなく、さまざまな催しを共同で行っています。


 組の活動で最も重要な業務は、何と言ってもお葬式。お悔やみがあると組内の者は仕事や家事を投げ打ってお葬式をやらなければなりません。業者とお坊様の手配をし、業者さんを手伝う形で葬式を執り行い、葬儀の間の雑用をすべてこなします。
 特に女性は葬儀の間の食事の用意をしなければなりませんので、ご飯を炊いて煮物や天ぷらを作るなど朝から晩まで働きます。

 また、近隣の4つの組でお悔やみがあった場合は、組から一人「六尺」を派遣します。
 この「六尺」というのはその昔、土葬だった時に墓穴を六尺掘ったことからその名が付いたといわれています。
 現在のように葬儀業者がなかった時代、葬儀は地域の人達の手で行われていました。墓穴を掘り、遺体を清め、納棺して墓に納める、こうした一連の葬儀の業務を司り、実際に行ったのが「六尺」で、今でいう「おくりびと」です。

 私がこちらの組に入れていただいて丸5年が過ぎた昨年の春のこと、班長(組の長)から電話があり「隣組でご不幸があったので六尺をやってほしい」といわれました。


 初めてのことでしたので他の3名の六尺を誰がやるのか、また、六尺をやる際の注意点などを確認させてもらい、さらに直接ご遺族にご挨拶に伺って、やるべきことやあらかじめ用意するものなどのご指示をいただきました。
 といっても取り立てて準備するものや特に注意する事は何もなかったのですが。

 一緒に六尺をやることになったのは私より少し年上の敬一郎さん、同い年の賢二さん、三十代と若い弘さん(すべて仮名)。3人とも頼りになるのはわかっていましたし、組のお葬式で何回も六尺を見ていましたのでそれほど不安を感じることはありませんでした。

 葬儀当日、早めに伺ってご遺族に挨拶し焼香をすませました。
 葬儀の始まる少し前に六尺には長靴、稲ワラ、手ぬぐいが支給されます。長靴を履き、手ぬぐいを首にかけて、稲ワラを腰に巻きます。
 これは要するに墓穴を掘る格好です。稲ワラは墓穴を掘り終わった時に六尺がそのままあの世に引き込まれないよう、周囲の人達が引っ張り上げるために必要だったと説明を受けました。


 現在では葬儀を執り行うのは業者さんですので、六尺の仕事は軽減されていて業者さんのお手伝いが実際のところ。私は一緒に指名された3名の六尺の後を追いかけ、3人のやることを見てまねて失敗や失礼のないよう注意をはらいながら、ご遺体を納棺したり、棺に蓋をしたり、霊柩車にお棺を運んだりしました。火葬が終わった際はご遺族がお骨を骨壷に入れるのに立会いました。
 葬儀のすべてを見届けるのが現在の六尺の役目のように思います。

 滞りなく葬儀が終わると、最後に親類一同集まった食事の席の上座に案内されて、お酒を注がれ手厚くお礼を言われます。私も充分な役目を務めることが出来なかったことを詫び、またそれにも関わらず過分のお気遣いを頂いたことに感謝の意を表し、最後にもう一度お焼香して葬儀の場を辞しました。


 しばらくして、区の役員の明正さん(仮名)と酒を飲んでいた時のことです。なにげなく六尺をやったことが話題に上ると、明正さんは「あんた、六尺をやったのか」と驚き、そして神妙な面持ちで私に酒を注いでくれたのです。

 「あんた、その意味がわかっているか」
 「意味といいますと?」とトンチンカンな応対をする私に明正さんは丁寧に説明してくれました。


 「昔は葬式はそれはたいへんだったんだ。葬儀屋なんてないから同じ土地の者が集まってみんなで弔いをやった。
 今でこそ、火葬になって葬儀屋が大方やってくれるようになって楽にはなったけど、六尺といえば今でも葬儀を執り司る一番重要な役目としてみんなから一目置かれる存在だ。

 だいたい冬場であれば地べたは凍結していて六尺ほどの穴を掘るなんてそう簡単にはできない。本当に重労働だったんだ。だから同じ土地で生きて、一緒に生活してきた土地の者で一番親しかった者たちがやったんだ。
 葬式は単なる行事とは違う。遺族、その土地で生きてきた人達にとってみれば大切な人をあの世に旅立たせる大切な儀式だ。
 だいたい、親や兄弟の大切な遺体をわけの分からない者に触らせると思うか。身体を清めあの世に送り出すその大切なことを、よそ者にやらせると思うか。
 あんたが六尺をやったということはもうあんたはよそ者じゃない、この土地の者だとみんなが認めたということなんだよ。もうあんたはこの那倉の人ということだ」


 六尺をやっていた時、実際にやっていることは葬儀業者さんのお手伝いほどでしたが、六尺が特別な意味を持つことを肌で感じていましたので、明正さんの言葉は私の心の奥底に響きました。
 明正さんが注いでくれた酒を飲みながら、改めて、快く受け入れてくれた地元の方々、いつも私たちのことを気遣い、支えてくれた組の方々一人ひとりを思い浮かべそのありがたみを実感し感謝したのです。
 この時、私は妖怪人間ベム「早く人間になりたあい!」(古い!)が人間になった気分を味わうことができたのでありました。


 実は、私たち夫婦はここで生活できるのはあと20年ほどで、その後は一旦この地を離れなければならないことを覚悟しています。
 私も50を過ぎ身体の衰えを感じるようになりました。
 20年後といえば70を越えるということで、その頃までには医者の手を煩わさなければならないことも多くなるでしょうし、車の運転にも支障が出てくるでしょう。そうした際は町中に移らなくてはなりません。


 しかし、体は離れても心はこの地に居続けます。いつかあの世に旅立つときはここに帰ってこの組の人達に私のおくりびとをやってもらいたい。
 移住前は自分の墓は要らないと思っていましたが、今は墓が欲しい。この地に埋葬されてこの那倉の土になっていつまでも那倉を見守ること、それが私の希望です。

        ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ということで、めでたく那倉人となった今回が、私たちの田舎暮らしレポートの最終回となってしまいました。
 稚拙な文にお付き合いいただきました読者の方々(年賀状に「読んでいる」と書いてあるのが多いのに驚きました)に、改めてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

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