ありのままの田舎暮らし

2008.08.01

第3話 貧相の巻

117.jpg こちらに来てまだ間もない頃だったと思います。私達の手元に有難くない封書が届きました。それを国民年金納付書といいます。

 この時はまだ社会保険庁の「宙に浮いた年金問題」等々ずさんな作業が表面化する前でしたが、私はかねてより年金制度がいずれ破綻するのは必定と確信していましたので、不信感を持ちながら支払い続けることに戸惑いを感じていました。加えて、こちらに移住し新しい生活をスタートさせるためには、家賃、引越し代、またクルマや刈払機などを購入しなければならないなど何かと入用で、貯蓄の減り方も激しかったため、私は納付書を手に「見なかったことにしておこう」と無視を決め込むことにしたのです。


 ところが、その後の何回目かの督促状が届いた時、私は考えを改め支払うことを決意しました。その理由は主に2つあります。

 1つは役場の担当の方に大変お世話になっておりましたので、役場の口利きで移住した者が社会の決まりごとを守らないようであれば役場担当の方に迷惑がかかるかもしれない、という義理。

 2つ目は、それが今後この村に移住を希望するであろう方々の悪しき前例になってはいけないという配慮です。自分の老後が年金によって安定すると思ったためではありません。

 その日、覚悟を決めた私は10数万円という大金を懐に役場に赴きました。
「あの〜、年金ご担当の方をお願いしたいのですが...」受付で呼ばれた担当者は私を一瞥すると1枚の書類を取り出し、私の前の机に置いてこういいました。「こちらに記入してください」

 私の前に差し出されたのは年金免除申請書。


 私はこの時まで年金に免除なるものがあることを知りませんでした。こちらに来るまではサラリーマンでしたので厚生年金の掛け金が毎月自動的に差し引かれるのみ。年金の制度についてはまったく無知で、厚生年金に加入できなければ国民年金を支払わなくてはならないと固く信じ込んでいたのです。
 
 この時収入はゼロでしたので申請は「全額免除」で受理され私は持参した大金を抱えたまま帰宅することができました。10万円以上もの大きなお金が手元に残ったことは素直に喜べましたが、その一方で複雑な思いもありました。私は役場受付で年金支払いの相談にのって欲しいといったわけではなく、まして免除申請の「め」の字も言っていないのです。役場担当者の洞察力がすごいのか、それとも単に自分が貧しく見えるだけなのか、答えは明らかでしたがそれでも一応悩んでみました。

 私は鏡の前に立ち自分の全身を映しました。そして納得。答えは言うまでもなく後者です。そこには貧相なおっさんがいたのです。
多くの人は自分のことは自分が一番よく知っていると思い込んでいるのではないでしょうか。こちらに来るまで私は自分が貧相だと思ったことは一度もありませんでした。新たな自分の発見でした。


118.jpg私たち夫婦はエコロジカルな生活を実践したい、その強い願いを持って田舎暮らしを始めました。お金や物への執着を可能な限り少なくして心の充実を図りたい。物やエネルギーの浪費を抑え環境に負荷を掛けない生活を送りたい。なにより自然との一体感を持つことを大切にする生活をしたい。ところがこうした生活スタイルは傍目にはかなり貧乏に映ります。その後も「都会から移住してきた北村夫婦はかなり貧しい」そうした周囲の目に接することが多く、私は自分に貼った貧相というレッテルをはがすことができないでいました。

 ところが最近、考え方が少し変わりました。故橋龍元総理のポマードを塗っていない頭を想像していた時、実は日本人の大多数は貧相なのではないかと思ったのです。あの日の役場でもし私が故橋龍元総理よろしくいかにも高そうなスーツ、ネクタイをびしっときめて頭をポマードで固めていたら、いきなり免除申請書を渡されることはなかったでしょう。逆に言えば故橋龍元総理だってポマードぬりまくりをやめて疲れたTシャツを着て役場に出向いていればだまって免除申請書を渡されたかもしれないのです。


 大企業に勤めていたとか、高い役職にあったとか、あるいは家柄が良いとかお金持ちとか、そうした人達が田舎暮らしをすると往々に失敗すると聞いたことがあります。それはその通りでしょう。過去の社会的な地位や名声に固執しているようであれば地域の方々とうまくやれるわけはありません。田舎で暮らしていくためには過去に身にまとっていた余計な付属物を脱ぎ捨てる必要があります。見栄とか意味のないプライドとか。それが成功した時新たな自分の発見があるわけです。

 田舎は都会にいた時には見えなかった本当の自分の姿を見せてくれるところです。(あえて貧相とは申しません)

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