ありのままの田舎暮らし
第4話 雪かきするゆきおちゃん(仮名)の巻
「あの家を建て替えようかとも思ったんだ。生まれ育ったところだし。でもただ1つだけ嫌だったのが雪かきだ。雪が降っちまうと雪かきしなけりゃ家から出られねえ。子供の頃から雪かきするのが辛かったんだ。それで雪かきしなくてもいい国道沿いに移ったんだ」
挨拶に伺った私たちにゆきおちゃんはそう言ったのです。
2003年の8月私たち夫婦に朗報が飛び込みました。「ゆきおが空き家になってる実家を貸してもいいといってるよ」お世話になっていた職場近くの地区長がそういってくれたのです。
田舎暮らしはまず住居探しから始まります。私たちの場合は伝手がまったく無かったため、Iターン受け入れを行っている自治体を探すことからスタートしました。
福島県内、移住支援を行っている複数の自治体を尋ね歩き、空き家を紹介していただき、大家さんと交渉し、そして最終的に茨城県に程近い阿武隈山地内に落ち着いたのです。ただ、その後仕事の関係で購入した倉庫まで距離がありましたので、できれば職場に近い所に新しい住居を見つけることができればと考えるようになっていました。
そんな折、職場に隣接する地区の区長が現れ「俺が面倒みてやろう」と声を掛けてくださったのです。
ゆきおちゃんの実家は、町道から未舗装の農道を800メートルほど入ったドンつまり。360度山に囲まれ緑に埋もれた一軒家。築50年、空家になってしばらく経っており朽ち果てる寸前でした。古民家といえば聞こえはいいものの、実態は限りなく廃屋でしたが、補修すれば住むことは可能です。私たちには願っても無い大変有難いお話でした。
ちなみに、元田んぼの耕作放棄地4町歩、その他あちこちが付いて、家賃は月2500円です。
「こんなところで家賃はとれない」というゆきおちゃんに「タダというわけにはいきません」といったところ、「それじゃあ」といって提示された金額は3万円。「月」3万かと思ったら「年」3万円でした。
後に分かったのですが、この土地の固定資産税がほぼ3万円。実際にはタダで貸してもらったことと同じです。
地元の方々に「固定資産税しか払っていないんですよ」というと、「ゆきおがあんたたちにやったんだ。あんた達の土地だ」そうした答えが返ってきます。確かにゆきおちゃんにしてみればタダでくれてやるくらいのつもりでなければ「貸してやる」とは言えなかったでしょう。
ゆきおちゃんの実家に移って初めての冬を迎えた時のことです。地球温暖化が進む現在、阿武隈山地に大雪が降ることは多くはありませんが、それでもひと冬に数回は数十センチの雪が積もります。一旦雪が積もってしまえば町道までの雪かきなどできるわけが無く身動きがとれません。
「晴耕雨読。これぞ田舎暮らしの理想ではないか、ここから出られるまで読書三昧だ!」大雪が降った日、私たち夫婦は大喜びで「明日はのんびりしよう。まず朝寝坊だ」と惰眠のむさぼりを決め込みました。
ところが、翌朝私たちの安眠はガーガーと重くうなるエンジンの音で妨げられました。この静かな山奥で何事かと飛び起きて窓の外を覗いてびっくり。ゆきおちゃんが重機で雪かきをしていたのです。顔を出した私を見てゆきおちゃんは「いつまで寝てんだ。早く働けえ!」とどなりました。
トラクターの構造は全く分からないのですが、ゆきおちゃんの使っているトラクターはショベルを後方に取り付けます。ハンドルは前についていますので、ゆきおちゃんは後ろに身体を180度ねじってトラクターをバックさせながら雪かきをするのです。
町道まで800メートルはいくらトラクターを使っているとはいえかなりの作業量、「首がつかれっちまうし、腰も痛えし」というゆきおちゃんに「無理せんでええから」というのですが、「雪かきしなけりゃ、出れねっぱい」といって最後までやってくれるのです。
こちらに移ってまる4年、この間雪の降り積もることが幾度もありました。その度、必ずゆきおちゃんは雪かきに駆けつけます。一度たりともサボったことはありません。皆勤賞です。
雪かきが嫌だといって国道沿いに移ったのに「雪かきは俺の趣味。好きでやってんだ。俺は雪かきが好きなんだあ。ほっといてくれえ」と叫びなら雪かきするゆきおちゃんを見ていると、人生思い通りにはならないと、つくづく思います。
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