ありのままの田舎暮らし

2008.08.31

第5話 人の厚意で生きるの巻

里山の味 天然工房

 ゆきおちゃんの実家に住むことになり、この地区10軒(私たちが11軒目)で構成する組にも入れていただくことになりました。ゆきおちゃんもゆきおちゃんをご紹介くださった区長もいっしょの組なので心配はありません。

 引越しが一段落した際に組の方々にご挨拶させていただく席を設けました。というと大げさですが、妻がパン屋を始めていましたので、パンやピザとアルコールを少し用意した程度のことです。

 ところが、実際に組の方々がいらした時、私たちは面くらいました。一人ひとり、みんな金一封を持ってくるのです。「いや、そんなつもりじゃありませんし、ただ自己紹介というか、ちょっと挨拶させていただきたいと、それだけですから」「まあまあ」「いや、そんな、たいした準備もしていませんし」「いや、そういうわけにはいかねえ」


 次から次へと訪れる組の方々が「お礼」「寸志」を無理やり手渡します。この時は驚き、戸惑っただけでしたが、その後組内の付き合いを続ける中で少しずつこの地区の慣例というものが分かってきました。

 一つの家に大きな経済的な負担を掛けない、それは狭い地域社会の中で培われた昔からの知恵なのです。

 お互いに負担や迷惑をかけずに相互扶助をする、それが狭い地域がうまく生き残っていくための知恵であり、文化でもあるのです。みんなこうした風土の中で生まれ育ってきていますので、間違いなく義理がたく、そして面倒見がいいのです。

 「実はあんた達が住むとこなくて困っているって知ってたんだ。でも見も知らずの人達に貸してやる必要はないだろ。でもAが来て貸してやれっていう。断るとBが貸してやれっていう。断るとCが来て貸してやれっていう。あんまりみんなが貸してやれっていうからそんじゃ勝手に住めっていったんだ」

 付き合い始めてしばらくした時、ゆきおちゃんから実家を貸すに至った事情を聞いて驚きました。そんなに多くの方々がゆきおちゃんを説得してくれていたとは全く知らなかったのです。


 どうしてみんなそんなに私たちのことを気にかけてくれたのでしょう。その疑問もまた別の機会に組内の方(Fさん)の話で解決しました。「おれが面倒をみてやる」そういった区長が区の総会で私たちを区で受け入れるようと提言し、区民に理解を求めていたのです。Fさんはその後も区長がよそ者の移住に反対する人達に対して「ものすごく気を遣いながら一生懸命説得していた」ことを教えてくれました。

 私たちはここで「この世の天国」を満喫しています。しかし、それは区長、ゆきおちゃんをはじめ組内の方々、区民の方々の理解があってのことなのです。

 人間関係の濃密な小さなコミュニティーにいきなり外部から赤の他人が移り住めば、地域の人々は困惑するのが当たり前です。ここの区民になれたのも、スムーズに組に入れてもらえたのも、そして地域の方々がいろいろと面倒見てくださるのも区長の事前の根回しがあってのことなのです。


129.jpg 田舎暮らしを希望する人がいきなり土地、あるいは住居を購入することを私はお勧めしません。無人島に行くならいざ知らず、田舎といってもそこにはその地に住む人達がおり、その方々が作り上げた社会、秩序、そして文化があります。少なくともそれを乱さず尊重する気構えと地域に受け入れていただく謙虚な心構えを持った上で、まず仮移住すべきです。そして、地域の方々とうまくやっていけることが確認できたら、それから土地や家屋の購入を検討すればよいのです。

 一旦組に入れていただければ、組の方々がみんなで面倒みてくれますので、田舎暮らしはとても居心地がよくなります。


ゆきおちゃん「薪ならいくらでもやるぞ」

私「ながおさん(仮名)も、とよかっちゃん(仮名)も炭いっぱいくれっから冬はぬくぬくしてる」

ゆきおちゃん「野菜は作らんのか」

私「ともちゃん(仮名)がいつも『なっぱあんのけ』って電話くれてクルマ一杯くれるから作る必要ね」

 田舎暮らしとは、希薄な人間関係から濃密なそれへの転換です。しかし、それは本来あるべき古き良き日本社会へ戻ることでもあるのです。
 仲間意識を持って小さな共同体を作る、その共同体の一員となる、それは人間の帰属意識という根源的な欲求を満たします。

 人間って、お互い支えあえば結構生きていけるもんだ。田舎にいて実感することです。

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