ありのままの田舎暮らし
第9話(最終回) 誇りを持って田舎人しよう!
惚れてこその移住
都会と田舎と両方の経験を持った僕は、両方の良さも、また良くないところも理解しているつもりです。
都会は交通網が整備され、ありとあらゆる人、モノ、サービス、財が集中する便利な世界ですが、そのぶん、土地は高く、狭く、自然環境は犠牲になっています。
一方、田舎は不便ですが、豊かな自然環境があり土地も安く広い。
どちらが良いかは自分の価値観の問題で、自分の居場所に価値を作り出すのは、結局、自分自身の考え方、ものの見方、捉え方だと思います。
だから、僕は「惚れてほしい」と言ってきました。
その土地でも、そこの人でも、風景でも、水でも、海でも、川でも山でも構わない。自分を移住させ、そこで新しい暮らしを営もうと動機するほどのなにかに惚れることが、実はとても大切なのだと思います。
たとえば、移住先で働ける仕事があるかないかは、大切な事柄かもしれませんが、インターネットで検索して、仕事探しから始めるのが最善とは言えないかもしれません。
現地に行けば、仕事の情報は人づてに入ってくるかもしれませんし、ひょっとしたら、起業のチャンスとなる田舎の現状に出会うかもしれません。
さまざまなアプローチが存在するわけですから、大切なことは、移住の動機がなんであるか、ということを見失わないことではないでしょうか。
実は田舎も都会も変わりない
僕の話は、移住に関わる予算や、引越や、田舎でのしきたりといった、こまかいノウハウはまったくありません。
きっとそれは、その土地土地によって異なるもので、一般化するのは不可能でしょう。
それでも、普遍的なものもあると思うのです。それは人間性や社会性というものです。
それは都会でも田舎でも変わりません。自分勝手な人はどこでも歓迎されませんし、付き合って楽しい人はどこでも歓迎されるでしょう。
住んでしまえば、都会も田舎もそれほど変わりがないということに気付きます。
風景がよいといっても、夜中に家でテレビを眺めていれば、東京で暮らしていたときとなんにも違いはありません。
日々の生活は料理して、食べて、寝る。起きて、仕事して、帰る。その繰り返しです。
雪が降ればスタッドレスタイヤに替え、水道管が凍らないようにパイプのヒーターをONにする...。
生きるということに、都会と田舎の違いはありません。
それでも、田舎での暮らしのほうがハッピーに感じられるのであれば、大いに移住する意味があると思います。また、その程度の動機で、十分ではないでしょうか。
肩肘を張らずに、田舎で暮らせばよいのです。毎日がハッピーであるための、選択のひとつとして、考えればよいのだと思います。
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