ありのままの田舎暮らし

2009.11.03

第2話 ハウス建設から定植へ

あぶくまローズ
道の駅ひらた」 高野 哲也


 「跳ぶ前に見よ」というが、走りながら考えるタイプの私は、実は作目を決めずに移住した。

rose.jpg もちろん候補はあったが、まだ迷っている段階でまずは作目・経営形態を決める必要があった。目標は園芸療法施設を作ることなので、米やたばこのような年一作のものはなじまず、果物のように収穫まで何年もかかるものは資金の面で難しい。
 農業普及所や農業短大などに相談した結果、バラ切り花周年栽培と決める。



 最終的な決断理由は、経済性や栽培の難易度ではなく「一生の仕事にするのだから、一番好きな花がいいだろう」ということ。また、専業農家を目標としていたので、冬場休業してスキー場その他でアルバイトするつもりがなく、加温設備を備えたハウスは必要だった。
 こうして農業普及所に紹介してもらったバラ農家での研修が始まった。


困った問題

 バラ切り花栽培は、大きくわけて従来からの土耕栽培と、ロックウールなどの人口培地を使った養液耕とがある。どちらも一長一短があるが、ロックウール養液耕に決める。
 理由は、栽培法がかなりの部分マニュアル化され、ベテランとビギナーの差がつきにくいこと、長い"切り花長"が得られること、増殖・改植が容易などだが、反面初期投資が高くつく。

 次の問題は資金。村役場から紹介された中古の(幽霊屋敷のようなひどい状態だったが、更地から建てるよりは安い)ハウスの修築費用と、養液栽培システム、栽培ベンチ、種苗費などなどで600坪(2000平方メートル)で1400万円ほどかかる。



 無論そんな金はないし、手持ちの資金450万を頭金にして借りると、収穫、販売までの生活費が無くなってしまう。全額を借り受けるよりほかないが、困ったのが保証人の問題だった。


条例の改正をしてくれた村長

 無利子の農業改良資金を借りるつもりだったが、当該地域在住の連帯保証人が必要だった。私のようなヨソ者に、1千万以上の連帯保証人になってくれるような奇特な人はいず(技術も経験も不動産もなく病気の妻がいれば私でも断る)、当方にくれた。
 やむなく研修のかたわら、農協のアルバイトなどで食いつなぎながら方策を探す毎日だったが、そんなとき村長(当時)から思いがけない話をもらう。

 本来保証人が必要な、村独自の貸付制度(平田村農業活性化資金)を、新規就農者に限って無利子、無担保、無保証人で利用させるという(ただし、上限は500万円)。
 そんなことができるのか内心危ぶんでいた。このような特例を設けることの是非や、万一私が返済できなかったら、村長が特別背任に問われる恐れさえある。
 しかし強引に条例を改正してくれ、500万円の資金を手にすることができた。


第1号の苗を定植

 まだ足りないが、ひとまずハウスを半分に間仕切りし、300坪で始めよう。ハウスの修築は業者を入れず、自分でやれば節約できる。実績を作ればなんとかなるだろう。
 結局、ほぼ一人で300坪のハウス修築、養液栽培システムを導入した。
 苗は購入したものもあるが、先輩のバラ農家から穂木を安く譲ってもらい、パテント料だけ払うなどしてかなり節約した。

 こうして平成8年5月31日、第1号の苗を定植する。

 平田村移住から552日目。失業保険が切れてからはアルバイトで補ってはいたが、手持ちの資金は350万まで減っていた。

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