ありのままの田舎暮らし

2010.04.13

第11話 道のりは遠いがとにかく前へ進もう

あぶくまローズ
道の駅ひらた」 高野 哲也


 道の駅ひらたは、道路利用者の休憩や、道路情報を提供する公共の施設であると同時に、地域振興のための施設でもある。直売所では、原則として平田村産のもののみを扱うことになるが、とても需要を満たしきれないので、足りないものは石川郡内から、それでも不足するものは県内から供給することとし、輸入物は勿論、県外産も原則として扱わない。
 平成21年オープン時にこの方針を実現するため、平成19年から、2年をかけて役場と共同して農家に対する説明会、協力要請および指導を行うことにし、同時に村内を横断する国道49号線沿いにテント形式の直売所を設営し、道の駅のPRおよびマーケティングを行った。

 定住人口が多くない地域、まして農村で農産物を売るわけだから、いかに都市部から人を呼び込めるかが成否を左右する。また、近隣に大きな観光地が少ないうえ、観光バスは磐越高速を使うため、観光客をあてにできないし、国道49号線は営業車が多く、客単価を1000円以上に設定することは無理がある。


「地域おこし」

takano.jpg 道の駅を通過点にせず、目的地として足を運んでもらう工夫がなければ成功は覚束ないであろう。
 かくして、地域おこしという新しい分野に足を踏み入れると同時に、国土交通省を始めとする役所とのつきあいも始まり、平成20年からは週に3日は役場(道の駅ひらた準備室非常勤職員)で勤務することになったため、本業がおろそかになり始めた。

 "農家は常に作物と向き合っていなければならぬ。作物の状態を常に観察し、わずかな異変や天候の変化を見逃さず、適切な対処をしなければ満足するものはできない"
 研修中に師匠の農家に言われ、自分でも農家に語ってきたことを放棄せざるをえなくなり、名目はともかく、事実上自分は農家ではなくなった。
 が、二兎を追うて二兎を得る力が自分にあるとは思えず、道の駅が軌道に乗るまではやらせてくれとカミさんに頼みこんだ。



 前回書いたように、オープン当初から予想を上回る来客数だったが、出荷された野菜がすべて売れるとは限らない。野菜類の販売期間は出荷当日のみとし、売れ残った商品は下げる(カボチャやジャガイモ類などは除く)。
 農家からは売れ残り野菜を返品することに対して不満の声もあがったが、直売所の命は鮮度である。多少不格好でも、大きさが揃っていなくても、鮮度が良ければ消費者は納得するし、納得してくれる人だけ来てくれればよい。

 鮮度を軽視する直売所は存在価値がないとまで思っているが、なかなか理解してもらうのが難しい。

 また、村内産で需要を満たせればよいが、冬期間は勿論、土日祝日など客数が多いときは不足がちになるし、果物などはリンゴが少量生産されるくらいでとても間に合わない。
 不足分は近隣から出荷を要請することになるが、これがまた村内農家の反発を招く。
 商品が、種類・量ともに豊富で品質が良くなければお客さんは来ないこと、結果として村内産の商品も売れないことを理解してもらうのが容易でない。

 もし、同一品を販売して、村外産の方がより売れるのであれば、それは商品力の違いである。



 多少高くても良いものは売れる。売れないのは商品に魅力がないからで、鮮度や見た目、POPも含めた品質の向上が何より大切で、売れないからと価格を下げるやり方は決してしてはならない。
 量販店向け出荷をしていた農家は、比較的早い時期に私の方針を理解してくれたが、道の駅ができたから余った自家用野菜を売ってみようかという農家は手強かった。

 とはいえ、オープン当初80余名だった出荷者は、現在120名弱まで増えているから(漬物、もち類など加工品出荷者を含み、幽霊会員は含まない)、理解はされてきているんだろうと思う。

 なかなか理解されない、または理解しても実行できないのが、我々の行為が、商品を生産(加工)し、販売し、利潤をあげる経済行為をしているということである。

 以前書いたように、販売や原価計算にエネルギーをかけることがほとんど無く、簿記記帳はせず、確定申告書の記入は役場にやってもらういわば「どんぶり農家」が多い。
 農業振興の方策はいろいろ議論され、講じられているだろうが、いくら補助金を増やそうが、たとえ政権政党が変わろうが、このような意識を変革し、自律的農家を増やすことが必要なのは論をまたない。



「農魂」を備えているか


 とはいうものの、その多くが60代後半以上のバッパ、ジッチ達は頑張っている。

 私が新規参入者として農業を始めたとき、いろいろな農業関係の集まりでよく聞いたのが「農業を守る」類の話であった。
 新規就農である私に「守る」意識はあろうはずがなく、強い違和感とともに、農業衰退の一因を嗅ぎ取ったような気がしたが、うちの(とあえて言わせて頂きます)のバッパたちの毎日を観察していると、守る意識はほとんど感じられない。皆生き生きと、野菜や卵、漬物、豆などを持ってくる(生き生き過ぎて時々トラブルになることもある)。
 初めは「オレはできねぇ」と言っていた、パソコンから商品に貼付するバーコードラベルを印刷発行する手法もすぐに覚え(一般にジッチよりバッパの方がノミコミが早い)、出荷品が売れたときは素直に喜び、売れ残ったときも悲しげな顔を見せるが翌日また元気にやってくる。
 価格も量目もバッパ自身が決めるが、「これいくらにしたらいいべ?」という相談は最近はほとんど無い。
 ほとんどが自家用野菜農家延長型少量多品目栽培だから、耕地を輪作することにより連作障害の発生を防ぎやすく、畜産(主に牛)との複合農家が多いので自然と循環型になる。



 前述したような簿記記帳を始めとする経営感覚を身につければなお良いが、それを差し引いても、バッパたちは間違いなく「攻めて」いる。

 彼らは時給約180円(平成19年「農水省家族労働報酬」)でご飯1膳30円弱の米を作っている産業の担い手としての「農魂」を見せている。バッパたちの農魂は、地域文化としての農業を継承し、発展させる可能性を秘めていることを確かに感じさせてくれる。
 それだけに、ひるがえって我が身を省みたとき、彼らからにじみ出てくる農魂を知天命の歳になる自分が備えているか、忸怩たる思いがある。

 道のりは遠いがとにかく前へ進もう。

 "I have a dream."と言ったM・L・キングはこうも言っている。
 「失敗したくなければ何もしなければよい。」

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